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HONEY OATH2022 

2022

ヴィレンドルフ_kimura_L.jpg

個展「AMBROSIA」よりステートメント

今展覧会Ambrosiaはミツバチと人間の、古代から続く強い関係性を見つめ直し、作品を通して未来の関係性を探る長期プロジェクトの中で生まれた作品の一端で構成される。

 

作品では異なる文化圏における古代の地母神像を型取った色付きの飴をミツバチに食べさせる。古代の人類が豊穣を祈願し、⾃然の中に⾒出した⼥神像の元にミツバチが毎⽇通い、それを⾷べ、像が原型をとどめなくなっていくていく。

私の行為の痕跡は蜂蜜となって現れる。痕跡は蜜の⾊だけなのだろうか。ヒトとミツバチの関係、私と私のミツバチの関係を重ねて、今までの関係と、これからきっと起こるわずかな変化を感じながら。

菅谷杏樹

 

寄稿文

伊藤俊治(美術史家/東京藝術大学名誉教授)

 

蜜の誓い

 

 スペインの世界遺産アラーニャ洞窟にはおよそ八千年前の、蜂蜜を採集する女性が描かれた壁画がある。険しい崖から太い蔓を垂らして降り、岩穴の蜂巣へ手を伸ばし、蜜を取ろうとする。周りに群がる蜂を避けるため漏斗状の壺から松脂を燻し、燻煙を吹きかけている。人類は一万年以上前から危険を顧みず''聖なる蜜''を手に入れようとしてきた。蜜蜂は黄金の蜜を媒介する地母神の使いであり、神聖な生き物として大切にされてきたのである。


 「HONEY OATHS 2022」は作家自身が養蜂を営みながら日々の生活の中で抽出し、自然のサイクルと共振させた特別な作品である。養蜂家は花も咲かず花粉も飛ばない冬に砂糖を溶かしたキャンディーを蜜蜂の餌として与える。「HONEY OATHS 2022」では蜂へのキャンディーをヴィーナスの形にし、色を加え、その場所を覚えこませた。キャンディーの形は蜜蜂が地母神の使いとされたことから「ヴィーレンドルフのヴィーナス」「縄文のヴィーナス」「エフェソスのアルテミス」の三体を象っている。
 

 万物を生み養う女神の総称であるヴィーナスは変転を繰り返し、さまざまな時代や場所にその姿を現す。古代ペルシャの女神アナーヒターはガンダーラに受容され観音菩薩となった。アナーヒターはインドのサラスヴァティと同一起源とされ、メソポタミアのイシュタルとも同一視された。イシュタルはヨーロッパへ西進しアスタルテとなり、さらにはアフロディテからヴィーナスへ変身してゆく。ヴィーナスは自然の循環する力の化身であり、生命力の雛型のようなものなのだ。エフェソスのアルテミスは豊穣多産を象徴する多数の乳房を持ち、''蜂の女神''としても知られ、エフェソスの硬貨には女王蜂が描かれた。女王蜂は高い産卵能力を持ち、雄蜂と交尾を繰り返し体内に精子を溜め、驚くほど多数の卵を産む。ヴィーナスの形は「生み出す力」の根源の原理も指し示す。


 ''HONEY OATHS''は「蜜の誓い」と訳せるが、その名には人と自然の間で守り続けなくてならない祈誓の意味が秘められる。しかし蜜蜂と人間の約束は近年になり大きな変化を被っている。人工受粉、農薬使用、大気汚染、品種改良...人間の側から盟約が次々と破られ、蜜蜂の大量死など人間へ直接跳ね返ってくる問題が相次いでいる。


 「HONEY OATHS 2022」はそうした強い危機意識から生まれた。蜜蜂に食べられ、蜂蜜へ変容してゆくヴィーナスは単なるオブジェではない。それは実体ではなく、現れては消えてゆく途方もなく大きな力の動勢である。思えばすべてのヴィーナス像は8の字形をなぞっているように見える。蜜蜂もその体に8の字形を内包し、8の字ダンスをする。女王蜂はヴィーナスの形をなぞりながら自らの体をつくり、蜂社会の仕組みへも取り込んでいった。人間もまた8の字形のサーキュレーションの一部である。その聖なる輪から外れ人は生きることはできない。ヴィーナスは蜂と人を巻き込みながら、守らねばならない誓約の中で光輝な力を目覚めさせてゆく。「HONEY OATHS 2022」は、人と蜂が溶け合うその♾(無限大)のサイクルを直感させる力の型どりと言えるだろう。

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